教師である両親の期待を一心に受けた主人公「あかり」は国立大学の修士課程に身を置く。留年をくり返し、「ユーゴスラヴィアの自主管理経済」という研究の方向にも迷い、酒に酔いつぶれて眠る毎日を送る。自堕落ではない所が余計に彼女を追い込む。なぜなら「執行猶予(モラトリアム・ウム懐かしい)」では無いことを証明するために、いくつものアルバイトで学費も生活費も賄っているからだ。
どうやって立ち上がっていくんだろうと読み進めるうちに両親がつけた名前の由来を語る部分で驚いた。
「世の中に明かりを灯すような人生を」
ありゃ、私と似てないか?
私の名前の由来は
「●るい、時●をつくる人生を」だ。
もちろん両親がつけた。
湾岸戦争が勃発しても自衛隊がペルシャ湾に掃海艇部隊を派遣しても、自分の閉塞感しか見えない主人公は、研究者としての道に惑いを感じ始め「生きながら死んでいるような」生活を送る。
そんな中で学部生時代の親友貴子の言葉は辛辣でいい。
「買ってする苦労なんか、苦労じゃない」「学校サボってかわいいのは高校生まで。大学生がやるのは平凡。大学院生がやるとちょっと悲惨だね」
この辛辣な親友のたった一言に、「あかり」は自分を振り返り始める
「大学院をさぼろうと何をしようと、あかりはあかりだもん。それで充分じゃない」…。
オレンジのノートに眼を惹かれたあかりはそこに自分の生い立ちを正直に書きつづる。その内容がまた私とオーバーラップしてきて唸ってしまった。
共稼ぎでクミアイカツドウやチイキノカツドウに情熱を傾ける両親。そうであるからこそ彼女は思う。「心身ともに疲れて帰宅する両親の特に母親の慰めと憩いの場が自分」なのだと。学校でも遊びの場でも「思いやりを持って行動しよう」と決意する。そして「よい子」の自分をアピールしようと努力する。
私もそうだが、意識して決意してるわけじゃない。おのずとそのような行動になるのだ。(ヤな子どもだ)
うちの家にも富士山とゴッツイロゴのポスターはいつも貼ってあった。地域でも職場でも旗色を鮮明にして生き抜く両親。そしてまた「いい人」だけにそこからの自立が難しいのだ。
(私の事ではない)
兄弟や大切な人(もしくは嫌われたくない人)と接する時の基準…いかに私はこれまで両親の目に囚われていたかという事を今更ながら気づかされた。
何となくは気づいていたのだと思う。
「ねばならない」に拘りすぎて本当は苦しかったんだね。
亡くなった両親なら「こんな時どうするだろう」それはいつも私の胸にあった。
もうそろそろおさらばだ。
「哀しくて明るい風が吹いた」
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