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2008年1月22日 (火)

三輪山

三輪山山行記録/ '08-1-20(日)、曇のち小雪まじりの雨。
参加者:Tさん夫妻、AOさん、YOさん、MNさん、THさん、SN(記録:CL)

1.8:00樟葉駅に予定人数が時刻ぴったり集合、8:06特急丹波橋乗換
8:25発橿原神宮行き八木乗換桜井9:30。MNさん、THさんは田辺で合流。
 早速道迷い。山の辺の道の案内板どおり行けばアホなSNリーダーでも迷わず行けたんだけど、東に新しくできた磯城島(しきしま)公園というのがあってそこに寄って行こうとしたせいで袋小路に。公園が未完成だった。
うまく工事中の通路が見つかって公園の半分は見ずにほうほうの態で初瀬川沿いに海柘榴市(つばいち)跡に。
三輪山467mは木がうっそうとして立派でいい感じ。南の方には経ケ塚山852mその奥に龍門岳904m、その右に、談山神社のある御破裂山。
Nリーダーの無くもがなの説明:
 海柘榴市(つばいち)は椿市の意。日本を代表する花は桜ではなくて椿。
桜は外国にもあるが椿は日本原産で、椿は国字。支那にはない字。「峠」みたいに。
椿が古代に支那に輸出され、鑑賞用として人気に。支那では海外から来た
植物に「海」を付ける。柘榴みたいな赤い花硬い実を付けるから海柘榴。
この表記が逆輸入された。椿は中国で観賞用としてもてはやされて、さらにヨーロッパに輸入されてここでも大流行した。ナポレオンの妃ジョセフィーヌが八重の椿を庭園に集めていたという。
万葉集:巨勢(こせ)山のつらつら椿つらつらに見つつ偲ばな巨勢の春野を
この地方に、日本中に、沢山繁っていて、葉が光る照葉樹林の特徴を調子良くうれしそうに謡っている。

2.歌垣(うたがき)、歌がい(かがい)
 万葉集:紫は灰さすものぞつばいちの八十のちまたに会へる子や誰そ。
海柘榴市は古代の銀座?で、八十?もの道が合流していた。西からはシルクロードの終点をなす竹ノ内街道、東から伊勢街道、南北からは
飛鳥、奈良へ行く道・・・・・。従って市が立ち、歌垣が催された。歌垣は、男女が集まって謡い、踊って楽しむ場で、声(歌)を掛け合って、気に入ったら連れ立って消えることが公認されていた。古代の出会い系サイト。
サイトは場所という意味だからまさにサイト。人妻でもこの日だけは公認で、イケメンタイプ?でも何でも?、歌を詠みかけて誘って合意出来ればあとはどこへ行こうが自由。歌が読めなければいけないが、でもいわば「既製品」の、皆が知っている歌も沢山あって、ちょっとアレンジして使うとか、手はあった。
雄略天皇の4代後の武烈天皇は日本には珍しい暴虐な天皇として知られているが、皇太子のとき、歌垣で物部氏の姫「影姫」を、平群氏の貴公子しびと争って歌合戦に敗れて、怒りにかられてしびを殺させ、平群氏を攻め滅ぼした。
掛け合いの歌の内容から、影姫としびが相思相愛なのが判ったから。
ということで、皇族貴族も庶民に混じって歌垣に出ていた。
上の歌の最初の二句は椿市の枕言葉。紫草を使って紫色を染める時に
椿の灰を使うから。後半は、あなたの名前は何ですか?と訊いている。
古代には女が男に名前をいうとそれはOKしたことを意味するから。
万葉集:たらちねの母が呼ぶ名を申さめど道行く人を誰と知りてか
女ははっきり答えない。あなたの名前も判らないのに私の名前はちょっと。
万葉集:つばいちの八十のちまたに立ちならし結びし紐を解かまし惜しも
つばいちの八十のちまたに立ちならんで歌ったり踊ったりしたあとで
一緒に寝て、その後結んでもらった紐を解くのはほんとに惜しいよ。
でも家に帰って何日後かには着替えないといけないから解かねばならない。
惜しいなあ。解かなければいつまでもお互いに元気でつつがなくそのままでいられると言われているから。
3.ついでに:暴君武烈のあと、跡継ぎがおらず、応神天皇の5代あとの子孫といわれていた継体天皇が福井から呼ばれて次の天皇に。
去年は継体天皇が樟葉で即位して1500年周年で、枚方市のキャッチフレーズは、「枚方は5年間日本の首都だった」。しかし、樟葉で即位したものの20年間奈良の北の方をうろうろして苦労して60歳で即位。

4.昔は男女の結びつきも結構大らかだった。通い婚だから来なくなったら解消。離婚届不要。だから男女の仲に緊張感があって、女の方は、今日は来てくれるかな、と待ち焦がれる歌が多い。
蜘蛛が忙しく動いていると来る、という言い伝えがあって、「笹蟹の(蟹みたいで笹にいる虫の」蜘蛛の動きが今宵ははげしいから・・・・
という歌が沢山ある。
歌は、歌垣のときも、万葉集の例えば東歌なども、その農民、その人が詠んだというより、盆踊り歌のように、半分くらいは皆知っている歌であった場合も多いと考えられている。
いずれも写実的で迫力のある歌が多く、正岡子規の提唱した「写生」こそが良い歌の基本だ、というのを実践している。古今集から後はことば遊びのような歌が多くなってきて、力強さに欠ける、という意見も多い。

5.金屋河川敷公園
 ・山の辺の道は古代の国道1号線。ただし他にも幹線道路がある。
大阪湾に上陸して陸路二上山の北を通る竹ノ内街道がシルクロードの終点と言われ、これも国道1号線。
水路は、淀川木津川を遡って木津から奈良山を越えて山の辺の道に出る経路、大阪湾から大和川発瀬川を遡ってここで上陸する経路、などが幹線。伊勢の方や東国へ行く入り口でもある。
 長谷寺詣での宿泊地でもあり、船で長谷寺へ向かう話も源氏物語に。しかし鎌倉時代より前に大土石流で人家が全部流されて「八十のちまた」
も昔の賑わいがなくなった。
 遣隋使小野妹子もここから船出。髄の皇帝煬帝への聖徳太子の国書「日いづる国の天子、書を、日没する処の致す、つつがなきや」。
現代の、中国、つまりシナにぺこぺこして内政干渉され、支那と呼ぶとおこられるから中国と呼ばされている日本と大違い。
凛として、堂々としている。聖徳太子はえらい。
シナとチャイナは全く同じ。世界中で中国をチャイナと呼んでいるし、中国自身もリパブリックオブチャイナと言っているのに、日本だけがシナと呼ぶと怒られて、「中央の国」と呼ばされている。
自国が例えば大韓民国、グレイトブリテンと呼ぶのは勝手だが、外国に韓国、イギリスと呼ばせないとすれば、それは国際的におかしい。

6.三輪神社
 能・謡の「三輪」にもあるロマンチックな説話:三輪の里に住む女のところに通ってくる男があって、女はあるとき、「夜だけでなく昼も来て、とこしなえに(永久に)契ってほしい」というが、男はそんなことを言うなら今夜限り来ない
という。別れの悲しさに女は男の着物の裾に針を付け、糸巻きをつけて糸の跡をつけて行くと三輪神社の神杉に糸がかかっていた。男は三輪の神だった。
この説話から、三輪明神は男女の語らいをとりもつ神として信仰されてきた。
ペアで、夫婦で、集団で来るとご利益が?・・・
この説話の女は近くにある巨大な前方後円墳「箸墓」の姫だともいわれている。
かつこれは卑弥呼の墓という説が強い。
祭神は大物主命/大国主命。和魂(にぎみたま)/荒魂(あらみたま)と称して同一神の二つの性格側面を表現しているとされる。
天照大神系の神々による大国主系への国譲り強制の鎮魂のために作られた。
北野天神などと同じで、日本ではやっつけたあと祟りが怖いから祭る。
諏訪大社も大国命の次男がアマテラス系の加茂神社の武雷命に信濃まで追い詰められてやっつけられた跡。
7.11:30狭井神社の西50mの「大美和の杜(もり)」の展望台に到着。
二上山から金剛まで、大和三山、大和平野が一望だった。絶景!
軽く昼食。夕日も素晴らしそう。モチの大木の赤い実が豪華。

8.狭井神社の社務所で一人300円払ってたすきを7本もらっておしっこして12:00スタート。帰るまで飲食喫煙撮影おしっこ禁止。帰って来るまでもつか?雪もちらちらして寒いからもたないかも!
水行場まで谷の結構な急登。そこからも頂上まで急登が続く。
結構しんどいが、コースタイム2時間往復を1時間30分で帰着。
休んでも飲食タバコできないからたいして休まずに歩いた。
山中には大きな岩座(いわくら)がいくつもある。頂上のが最大?三輪山はピラミッド型で神様が降りて来やすい上に、足がかりとなる(「依りしろ」となる)岩座が沢山あるから降りて
来やすい。
低山だからと思って、ストックなしトレッキングタイツなしで来て少々後悔。
木はスギ、マツ類、カシ類、アシビ、ソヨゴ、シャシャンボ(ヒサカキ?どうやって見分けるの?)、ツバキ、ユズリハ、カクレミノ、草はフユイチゴ(沢山なってたけど飲食禁止だから残念)、赤い実のなったオモトみたいな草(キチジョウソウではないみたい。誰か知らん?)沢の半日陰に多数、カラスウリ、ガマの穂綿、・・・。
狭井神社の霊水、御神水(ごこうずい)をボトルに詰めて帰って翌日コーヒーを沸かした。うまいかどうか分かるほどの舌ではないし信心もないから評価不能。
全員が下山まで「もった」!。
みんな信心深いから!!。たすきを返したらさっそく皆手洗いに行って御神水を、じゃなくて御小水を奉納。
下山後、時間があるからもう少し山の辺の道を北上してJR巻向か柳本駅から帰るか、すぐ帰るか多数決を採った。すぐ帰る!が多数で、14:20三輪大社大鳥居の横からバスで桜井駅へ。
途中から雨が降ってきたからやっぱり早逃げに勝る手はなし、正解、三文の得。桃山御陵前からさっそく反省会に直行。
今年はいいことがありますよ!!

9.狭井神社の西北1キロにある市杵島(いつくしま)神社で円錐形の男綱(男性のシンボル)を作り(長さ4mで引き綱100m)、これを500m引いていって春日神社から引いてきた女綱(舟形で大きさ5mX6m、引き綱100m
(双方とも重さ1トンくらい))とスサノオ神社で合体させ、吊り上げて5月まで奉納。
去年高取山の麓の飛鳥川沿いで見たのはまだ可愛らしく、こちらのは迫力満点。
しかも2月11日に合体させるお祭りを行う。五穀豊穣を祈るため。
「お綱はんの嫁入り」「綱掛け祭」、「お綱はんの結婚式」等と呼ぶ。
スサノオと櫛なだ姫の結婚式を祝っているともいう。
お祭りは2月11日で、今製作中のため、20日には見られない。残念。

見たい人は2月11日にどうぞ。あまり知られていないが、ツアーも一つ見つかった。JRふれあいハイキング「奇祭お綱まつりと
山の辺の道」参加費無料。10:10三輪駅集合、お祭り見学後山の辺の道を歩いて桜井駅へ。

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