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2009年3月 4日 (水)

大国見山 番外編3 フルの高橋(いえいえハーフしか走れまへん

(3)布留(ふる)の高橋:全国の高橋さんの故郷!!
この辺は小川が地盤を深くえぐって流れていて、そのために川は小さいが橋は水面から見ると高くかかっているから高橋。全国に高い橋は沢山あって高橋さんは沢山いるが、ここの高橋が元祖! 膳(かしわで)の臣(天皇の食事担当大臣)だったらしい。
人麻呂歌碑:
「いそのかみふるの高橋高々に妹が待つらむ夜ぞ更けにける」
(石上の布留の高橋のように高々と爪先立ちして彼女が僕を待っているだろう、夜が更けるから早く行かなくっちゃ)

「春されば まず三枝の幸(さき)くあらば 後にも逢はむ な恋ひそ吾妹(わぎも)」
(春がきたらまず咲くサキクサのように幸運なら、また後で会えるから別れを悲しがるなよ、僕の恋人よ。サキクサはミツマタ、フクジュソウ、ジンチョウゲなどの諸説がある。)
長い幸せな結婚生活が過ぎた後の、もうひとつの人麻呂歌碑は龍王山(引手の山)を望む山の辺の道ぞいに建っている。
「衾路(ふすまじ)を引き手の山に妹(いも)を置きて山路をゆけば生けりともなし」
 碑に向かうと、愛する妻の亡骸を背負ってこの道を歩いた人麻呂の深い悲しみが伝わってくる。穴師に住む妻のところへ通うときにいつも見ていた引手の山なのに、こんなに悲しい思いで眺めなければならないなんて…あれほど元気だった妻は、もうこの世にいない!  あんなに楽しかった道が今では地獄への道のように怖くて寂しくて、生きる気力もなくなってしまった。人の命の、なんとはかなく侘びしいものであろうか!
人麻呂が青春のすべてをかけて愛した妻は、引手の山(龍王山)に葬られた。当時としてめずらしい火葬であったと言われている。愛する妻が荼毘(だび)に付されて天に昇っていく。その煙を見ながら人麻呂は生きた心持ちもしなかったであろう。
天理市の中山町と萱生(かよう)の集落が接する東に巨大な古墳の森が横たわっている。全長220メートルにおよぶ御陵は、越の國から来て皇位を継承した継体天皇の皇后手白香(たしらか)皇女の「衾田陵」。二人のあいだに生まれた皇子が欽明天皇。人麻呂が「ふすま路」と詠んだのは、このあたりの野道の名で、東方に迫る龍王山が引手の山。引手の山から家路につくとはるか彼方に二上山がうつすらとそびえて見えこの景色は人麻呂が砂を噛む思いで見つめたのと同じ情景でしょう。付近は柿畑が多い。昔は蚕を飼っていてその餌の桑畑が今、柿や桃や蜜柑畑に変身したそうで、山辺の道を散策すると、こうした果実園が多いのが理解できる。

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