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2009年3月 4日 (水)

大国見山 番外編5

(5) 影姫伝説
 武烈天皇(小泊瀬若雀命/おはつせのわかさざきのみこと。史上最悪の暴虐な天皇として有名。) が皇太子だったころ、豪族物部麁鹿火(あらか ひ)の娘の美女影姫を海石榴市(つばいち)の歌垣に呼び出した。歌垣の庭で、太子は影姫の袖をとり、足踏みをして歌った。(ならずものの皇太子であっても巧みな歌が即興で詠め、雅に歌唱できる。庶民に混じって踊りも踊る。即興の歌合戦で恋人の取り合いをする!! すごい文化!)
 「琴頭(ことがみ)に来寄る影姫玉ならば吾が欲(ほ)る玉のあはび白玉」     武烈天皇
 (琴を弾くと、琴のそばに神が影となって寄ってくるという。その影という名の影媛は、              玉に喩えるなら、鮑の真珠だ。俺はその白い玉が欲しいのだ。)
 皇太子は影姫の袖を掴んでついて来るように言った。そこへ平群鮪(へぐりのしび)という貴公子が割って入った。朝廷の権力者平群(へぐり)の真鳥(まとり)の息子である。「しび」は鮪(まぐろ)という字を書くが、古代は威勢のいい動物の名を子供に付けていつまでも元気でいることを願ったのである。真鳥も同じで立派な鳥、さざきはみそさざい(元気な鳥!)の意。仁徳天皇はおおさざきのみこと。太子は、鮪と歌のやりとりをしているうちに、鮪が影姫と既に寝ており愛し合っていることを悟った。歌のやりとりは次の通り。
鮪が皇太子と影媛の間に割って入ったときに皇太子は影媛の袖を放し、向きを変えて鮪に向かって歌った。
「塩瀬(しおつせ)の波(は)折りを見れば 遊び来る鮪が鰭(ひれ)手に 妻立てり美ゆ」
(潮の流れている早瀬の、波の折り重なりを見ると、泳いでくる鮪のそばに、私の女が立っているのが見える。)
まるでオペラ!!  鮪の臣(おみ)が返して歌った。
「臣の子の 八重や韓(から)垣 ゆるせとや御子」 (この歌だけ五七が欠如)
(臣の子(鮪)の、幾重にも囲った立派な垣の中に、自由に入らせよと御子は仰言るのですか。)
影姫が歌う:
大王(おおきみ)の御帯(おび)の倭文服(しづはた)結び垂れ誰やし人も相思はなくに
(皇子(大王)様の御服の帯が結び垂れ(たれ)、(その誰(たれ)でもなく)誰も           心に思っておりません(鮪の臣以外には、ですけどね)。)
鮪の臣が歌う:
大王(おおきみ)の 心を緩み 鮪の臣の 八重の柴垣 入り立たずあり
(皇子(大王)の心がだらしないものだから、私の厳重な塀(柴垣)の中には、入れないでいるぞ。)
皇太子が歌う:
大太刀(おおたち)を 垂れ佩(は)き立ちて 抜かずとも 末は足しても 遇はむとぞ思ふ
(俺は大きな太刀を腰にさげたまま、抜くことはしない。そんなふうに、今は我慢   しよう。だが、あとで、この借りはたっぷり返してもらって、何度も媛を抱くつもりだぞ。)
鮪臣が再び返歌して歌った:
「大君の 八重の組垣 懸(か)かめども 汝(なれ)を編ましみ 懸かぬ組垣」
(大君は立派な組垣を編んで、姫を取られぬようにしたいだろうが、あなたは編めないだろうから、立派な組垣はできはしない。)
皇太子がまた歌って言った。
「臣(おみ)の子の 八節の柴垣 下動(とよ)み 地が震り来れば 破れむ芝垣」
(鮪臣の編目の多い立派な柴垣。それは見かけは立派だが、地下が鳴動して地震が襲えば、すぐに壊れるような柴垣だ。)
 皇太子は、鮪とその父が普段から無礼な態度だったことを思い出して怒りを爆発させ、別の豪族大伴の金村(かなむら)の兵に命じて鮪を奈良山まで追い かけて討ち取らせた。鮪のあとを追いかけて鮪が殺される様子となきがらを見た影姫は、悲しみ泣き狂ったという。山の辺の道を裸足で泣きながら走る影姫の様子が歌われている。
 「石上(いそのかみ) 布留(ふる)を過ぎて、薦枕(こもまくら) 高橋過ぎ、物多(ものさは)に大宅(おおやけ)過ぎ、春日(はるひ) 春日(かすが)を過ぎ、 妻隠(つまごも)る小佐保(をさほ)を過ぎ、玉笥(たまげ)には飯(いひ)さへ盛り、玉もひに水さへ盛り、 泣きそぼち行くも、影姫あはれ 」  (日本書紀)
(石上の布留を過ぎて、高橋を過ぎ、大宅を過ぎ、春日を過ぎ、佐保を過ぎ、お供えの美しい食器にはご飯まで盛り、美しいお椀には水さえも盛って、泣き濡れて行くのよ、私。影媛、ああ可哀相に。)
 
影姫は泣きながら鮪のしかばねを土に埋めた。
家に帰ろうとした時、またむせび泣いて「なんと苦しいこと。今日愛しい夫を失った」と言い、再び涙を流して次の歌をうたったという。
「あをによし 乃楽(なら)の峡間(はざま)に 鹿(しし)じもの 水漬(みづ)く辺隠(へごも)り 水灌(みなそそ)ぐ 鮪(しび)の若子(わくご)を 漁(あさ)り出(づ)な 猪(ゐ)の子」
(奈良の谷間で、射殺された獣のように、水がひた寄せる岸辺にひっそり倒れて水びたしになっている、鮪の兄さん。それを探し回って、あばき出すようなことはしないで、猪さん(大伴の兵士達よ))

影姫の物語の例: http://www.k4.dion.ne.jp/~nobk/hime/kagehime.htm

 大伴の金村と武列天皇は、息子を殺されて反乱を起こそうとしていた平群の真鳥の屋敷を攻めて真鳥を殺し、金村は朝廷の有力大臣にのしあがった。武烈は影姫を奪おうとしたが、父の物部の麁鹿火が巧みに抵抗して難をのがれた。
 武烈天皇には子供がなかったため、死後後継者争いが起きた。金村は自分の地盤である北陸・近江の豪族と連合して、応神天皇5世の子孫という触れ込みで越前から後の継体天皇を担ぎ出した。継体は樟葉の宮で即位したが反対派の抵抗に遭ってその後20年以上奈良に入れず、奈良に入ったときには60歳を越していた。これが現在の天皇家の先祖である。

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