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2009年3月 4日 (水)

大国見山 番外編1 石上神社

参考:
(1)石上神宮:1700年の由緒。古代、「神宮」はここと伊勢神宮だけだった。
  祭神:
①神武天皇は浪速に上陸して長髄彦(ながすねひこ)に負け、南紀から上陸して吉野でまた窮地に落ちた。この時に建御雷神(たけみかづちの神/京都賀茂大社の祭神。神代に日本国を平定した。)が天から下した剣(布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ))を振るって大和に入ることができた。この剣を「布都御魂(ふつのみたま)大神」として祭り、
② 素盞嗚尊が八岐大蛇を切った天十拳剣(あめのとつかのつるぎ)の霊威を「布都斯魂(ふつしみたま)大神」として祭り、
③ 神功皇后時代に百済から献上された七支刀(ななつさやのたち:国宝)
 の三つを祭っている。「ふつ」とはよく切れる太刀で物を切った時の音「ふっ」から生じた言葉だといわれている。拝殿も国宝。朝廷では軍を担当する一族である物部氏の総氏神。武士をもののふというのは物部からきている。
 ついでに:八岐大蛇の尻尾から出てきた天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)は、のちに日本武尊を駿河国で野火から救い出すことになり、「草薙の剣」と呼ばれるようになって、熱田神宮に祭られている。伊吹山へはこの剣を持って行かなかったために伊吹山の山神にやられてしまう。
  剣は、古代から単なる武器ではなくて、抜いてかざすだけで鬼神や物の怪がひるむ霊威を持つと信じられていた。

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